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Love&Peace
さて、前回の記事はいわば導入部のようなものでw、私が本当に書きたかった本題はコチラになります。



ずいぶん前になりますが、ジョンが最初の妻、シンシアとの間にもうけた長男、Julian Lennonのこういう発言が気になってました。

父はいつも「愛と平和」を歌って(訴えて)いたけれど、それらが自分のところ(家庭)に届くことはなかった。

この発言に代表されるように、ジュリアンは父・ジョンに対してずーーっとフラストレーションを感じていたようなんですね。
たしかに父親が母親を捨てるようにして他の女に走り、離婚して再婚して、しかも知りたくもないのにその2人がまたセンセーショナルな話題を振りまき・・・(といっても、まだ小さな子どもだったジュリアンにどの程度事実が知らされていたかはさておき)

一方、彼自身は彼自身でどこへ行ってもおそらくうんざりするほど、一緒に暮らしているわけでもない父親「ジョン・レノン」の息子という好奇の視線がついて回り、だからといってそういった「犠牲」に見合うほどの恩恵や愛情を父から十分に受けられたというわけでもなく・・・といったところが更なる追い打ちをかけてトラウマになったように思える・・・などという邪推をしたくなるわけです。

ジュリアンがようやく本当の意味で父を許すことができたのは、彼が46歳(!)になった2009年、ジョンが「Lucy in the Sky with Diamonds」を書くキッカケとなった、「影のヒロイン」とも言うべき、Lucyさんの死がキッカケだったとか。

※詳細はこちら 

そんなジュリアンですが、(数少ない)父との交流を持たせてくれたメイ・パンには今でもとても感謝しているようです。メイは単なるジョンの「恋人」というより(ジョンとメイの関係を不倫だの愛人だのといった俗な言葉で貶めたくない気持ちがあります)、そもそもの仕事がジョン&ヨーコ夫妻のパーソナルアシスタントだったいうこともあり、妻であった(立場上、ジュリアンの“継母”とも言うべき)ヨーコより、ジョンの子どもであるジュリアンに対して1クッション置いて良い意味で客観的に見たり接したりできたんじゃないかと推察します。

ジュリアン曰く、「父に久しぶりに会えて嬉しくてはしゃいでいると、急に怒り出したり・・・」といったこともあったらしい気分屋のジョン・レノンですが、このメイの撮影した親子の風景はそんなことをみじんも感じさせない温かな雰囲気を醸し出していて、正直、和みました。ジョンのジュリアンを見る瞳が噂で聞いていた父親像と全然違ってて、また、まだジョンがシンシアと結婚していたビートルズ時代よりも息子に向ける瞳ははるかに父親らしさを感じますね(ジョン自身が年齢を重ねて以前よりも大人になったということもあろうかと)。

実際、メイとジョンが一緒にいた時代の親子関係は良好だったようですし。


ただし、メイの話ではこのときジョンがジュリアンに会ったのは4年ぶりくらいで、ジョンの記憶の中にあった「小さな男の子」が10歳ともなると「いっぱしの少年」wになっていて、ジョンはショックを受けていたとかw

また、これは別の読み物で読みましたが、75年にヨーコとの間に息子ショーンが生まれると、ジョンもヨーコもそちらに関心(愛情)が移り、前述のジュリアン、ならびにヨーコが前夫との間にもうけた娘・京子、それぞれに対して、以前ほどの交流はなくなって疎遠になり、ぶっちゃけ2人は「事実上捨てられた」そうです。

私が大好きだったジュリアンのデビュー曲、Valotte。
ヴァロッテという言葉の響きも好きでした。
たしかジュリアンがこの曲を創った場所、地名(フランスの片田舎だったかと)なんですよね。


【2013/03/05 22:03】 | John Lennon | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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