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36歳のポール・マッカートニー
引き続きポールネタですw

あっ、5月の国立競技場は、申し込んだ18日(日)当選してました。

前回、37歳のポールにフォーカスしてみましたが、それで一つ思い出したことが。

ウイングスは78年にポール、リンダ、デニー・レインの3人体制となり、アルバム「LONDON TOWN」をリリースします。

そして、最初にシングルカットされた「幸せの予感」(WIth A Little Luck)は全米チャートで3週連続でNo.1になる大ヒット。

今年(78年)もまたウイングスは勢いに乗るかと思われたその矢先。

2ndシングルカットされたのが「別れの時」(I've Had Enough)でした。

「えっ?そこ?」と思ったけど、そう思ったのは私だけではなかったようでw日本のポールファンの間では結構物議を醸し出してましたね。

ラジオ関東で放送されていた「全米トップ40」でも湯川れい子さんの元に嘆きのハガキが殺到w

あるリスナーのハガキ「ポールは年とって(当時36歳)選曲眼が衰えてしまったのか?」とが読まれるのを聞いた時はちょっとショックだった。すると、翌週には別のリスナーから「ポールは年くったなんて言わないでくれ」というハガキが来ていたのを覚えてる。

ほら、40歳近い(今でいうアラフォーってやつですなw)ロックンローラーなんてその頃はあんまりいないから、あのポールももう36歳か・・・みたいに年増扱いされてたという・・・(苦笑)。

私は「LONDON TOWN」というアルバム自体はかなり気に入ってたけど、今思えば本作でシングルに適したキャッチーな曲は「幸せの予感」だけだったね。
タイトル曲の「ロンドンタウン」もいい曲だけど、アメリカでシングルにするにはちょっと違う感じ。
他の曲もいい作品だけど、シングルというより、どちらかといえば「アルバムの中の隠れた名曲」的なポジション。

しかしなまじ「幸せ~」が大ヒットしてしまって、さらにアルバムを売るためにも、苦し紛れに(?)2ndシングルを出さざるを得なかったのかもしれんw

ていうか、ポール作品の中では比較的地味めかもしれないけど、このアルバムはいかにもイギリスのミュージシャンらしい味わいがあって、結構いい曲多いのよ。

さて、「別れの時」(ってこのタイトルからしてチョー地味だと思ったw)。

本アルバムの中では比較的ロックな作品で、ポップな1stシングル「幸せの予感」と差別化を図りたかったのかもね。
同じようなタイプの曲ばっかりシングルにしててもしょうがないし。

結果、この曲は「幸せの予感」の大ヒットにはほど遠かったながらも、たしか最高位24位と実は意外な健闘ぶり。
ポール作品としてはヒットとは言えないかもしれないけれど(ポールなら1位ならずともトップ10入りして当然みたいな感じだったからね)、ヒットの目安であるTOP40入りして、さらに20位台まで上がったのは立派・・・とはコドモだった私には思えずw、やっぱりポールには1位とは大ヒット作をガンガン出してほしかったのが当時の本音でした。

いや、「別れの時」も案外悪くない曲なのよーw

そういえばI've had enoughがなぜ「別れの時」などという邦題になったのか不思議だったんだけど、直訳すると「もうウンザリだ!」って意味から、「別れの時」に飛躍したわけですねww
ある意味、秀逸な邦題かもしれんww

【2014/04/06 20:52】 | Paul McCartney(&Wings) | コメント(2) | page top↑
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コメント
Re: gmen0075さん
「哀愁のマンデイ」・・・月曜が嫌いという理由で銃を乱射した事件がモチーフになってましたが、邦題としては当時は「哀愁」という言葉が流行っていたような気もしますw

ビージーズの「哀愁のトラジディ」なんてのもありましたw
【2014/05/15 23:57】 URL | Lufe #-[ 編集] | page top↑
邦題いろいろありましたね、
思い出されるのは「哀愁のマンディ」くらいかな…。
【2014/04/16 10:42】 URL | gmen0075 #-[ 編集] | page top↑
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