Renegade祭りw
先日ネットサーフィン(って死語?w)してたら、意外にもStyxの「Renegade」(トミー作)が「アメリカン・アイドル」に出てくる歌手志望の子がよく歌う定番ソングの一つだと知りました。
若い子があんな昔の曲、よく知ってるねw

んで、今朝たまたま早めに目が覚めたので、スマホでアメリカンアイドルでRenegadeを歌う子の動画を探して見たりしてたんですよ。

その後、起きて「めざましTV」見てたら、マシュー・マコノヒー主演の映画「GOLD」(アメリカでは去年の12月、日本では来たる6/1公開)の紹介があって、なんと!そこに「Renegade」がBGMで流れているではないか!!
めざましTVにトミーの声が流れたよ!

知らぬ間に、映画にこの曲が起用されてたの!?って大コーフン!w
で、早速検索かけてみたのもの、まだ「GOLD」の公式サイトもなく、この映画で使われている音楽についての記事なんて皆無・・・

しかし、帰宅して冷静になって考えてみれば、そうだ、映画の予告編があるではないか!・・・と早速ようつべで探してみたら、ありました。
やはり映画でRenegadeが使われているようです。



Renegadeって日本では「逃亡者」という邦題がついていたから、Reregadeの意味を逃亡者と思っちゃいそうだけどw
じつは裏切り者・・という意味なのよね。
映画「GOLD」はストーリーがクライムサスペンス?らしく、 「裏切り者」が大活躍しそうな感じだから起用されたのかしらん?

何にせよ、まさかStyxの、しかもトミーの代表作がこういう形でまた世に出るとは、こんなに嬉しいことはない(感涙)。

最近のライブではやってないみたいですが、昔は曲の中間でトミーとオーディエンスでCall&Responseがあって、
ギターバトルもすごく盛り上がる曲で、「Too Much Time On My Hand」と並んで、トミー作品の中でもCDの音源より
ライブ音源の方がより聴き応えがある曲です。

1981年Ver.

トミーの若さあふれる結構激しめのステージアクションやJYとのギターの掛け合いも超楽しい81年版Renegade



1996~97年Ver.

再結成して、かなり81年版に近いステージングを魅せるリターンtoパラダイスツアーでのRenegade




Rock Tonight! (ロットゥナ~イ!)

Paradise! (81年:パ~ラダ~イス!)or(96年:パラダ~イス!)

Rock Everybody! (ロッケービーバーディ!)

Oh! Everybody! (オーエビーバーディ!)

Shake Everybody! (シェーエビバーディ!)

Shout! Everybody! (シャウ!エビバーディ!)←絶叫

Rock Tonight! (ロットゥナ~イ!)

Paradise! (パラダ~イス!)

(おまけ) I SHOT THE SHERIFF  (アイショッダシェリ~f)

とうとう保安官撃っちゃったよww

ていうか、私はこの「I SHOT THE SHERIFF」という曲をクラプトンの曲だと長年思っていたのですが(たしかクラプトンのは全米No.1にもなったかと)、オリジナルはボブ・マーリィだったんですね。
Styxが96年の「リターンtoパラダイス」ツアーでこの「アイショット~」を取り入れた時に、なんて洒落てるんだとその粋な演出に感激しつつも、たった1行の歌ためにクラプトンにいくばくか印税を払わないといけないのね・・・などと余計な心配をしてました(笑)。

ついでに92年のDamn Yankees Ver. も並べてしまおうw
Styx版ではない、イントロでのテッドの激しいギター、結構好きですこういうRenegadeも。

※この映像は前置きが長いので3:25くらいからRenegadeがスタートします。



Renegade、夢の3連チャン揃い踏みw(映画版も含めれば4連チャンw)

続きにクラプトンVer.の I SHOT THE SHERIFFを入れておきます。 
続きを読む
【2017/04/12 21:38】 | Styx | コメント(0) | page top↑
Journey@武道館 2017
もう既に2ヵ月以上経過してしまいましたが、2/6に4年ぶりにジャーニーの日本武道館公演に行ってきました。

こんなにStyx(トミー)が好きすぎる状態でw他のバンド公演に行って、果たして自分は心から楽しめるのか(正直事前のテンションはあまり上がっていなかった)一抹の不安がありましたが、いざ始まってみれば前回同様、圧巻のパフォーマンスを大いに堪能w

ちなみにあんなに上の方までがっつり満員の武道館、久々に見たよw ステージ横のスタンド席にもギリギリまで客入れしてたし。ブライアン・アダムスでもあそこまで埋まってなかったような?

アーネルのすばらしさは前回のジャーニー公演(2013)でも書いた通りですが、今回は久々にジャーニーへ復帰したスティーヴ・スミスのあまりにもパワフルすぎる(世界一パワフルです←ただし私調べw)ドラミングに唖然呆然愕然!

前回の日本公演でいたドラマーのディーン・カストロノヴォもドラマーとしての腕は確かで、至極感心しておったワタクシですが、残念ながら彼はDV容疑で逮捕→解雇されちゃったからね

スミスについては昔の優しそうな見た目のせいか、「激しさとは無縁の穏やかなドラマー」という勝手なイメージがあったのですが、年齢を重ねてなお繰り出される強烈なパフォーマンスには感服・平伏するしかありませんでした。

さて。
ジャーニーとスティクス。
年代的にもキャリア(歴史)的にもかなり似通ったものを持っている二つのグループ。
ジャーニーの日本公演にどれほど感動しようと、昔も今も私はスティクス派であることには変わりないんですが。

それでも、今回の日本公演を観て、改めてジャーニーの持つ良い意味でのコマーシャリズム?と言うのかなぁ?
なんというか、誰にでも好まれウケる、作品の「わかりやすさ」とか「親しみやすさ」にスティクスは叶わないなぁ・・・と口惜しいけれど思いました。

にしても本当に不思議な因縁を持つ二つのグループ。

デビュー後、数年でスティーヴ・ペリーの加入で上昇気流に乗ったジャーニー。
同じくスティクスにはトミー・ショウが流れを変えた部分がある。

この二人が入らなかったとしても、各々才能豊かなメンバーがいたとはいえ、
二人が加入したことによって起こった、これが音楽のケミストリーってやつか?

そして多少のヒットと苦労を経て、時同じくして81年、両者は共に頂点を極める。
ジャーニーは「エスケイプ」、スティクスは「パラダイス・シアター」で初のアルバム全米No.1に輝く。

その後、2グループは共に83年、ジャーニーは「フロンティア-ズ」、スティクスは「キルロイワズヒア」をリリースして、それなりに売れたものの、その頃から少~しずつキャリアも下降線・・・?(特にスティクスは顕著にw)
また、83年といえば、ジャーニーやスティクスより平均10歳くらい若くてルックスが良く、スタイリッシュな曲とPVで世界を席巻したブリティッシュ・インヴェージョン(デュラン・デュランとかカルチャー・クラブ、デフ・レパードを筆頭にその他諸々)の猛攻撃も時代の流れを変えましたし、無関係ではないでしょう。

84年になると、ジャーニーからはスティーヴ・ペリーが、(ほぼ解散状態に近かった)スティクスからはデニスとトミーがそれぞれソロを発表して、そこそこ(あるいはほどほどにw)売れる。ま、いちばん売れたのはペリーですけどもw OH!シェリーーーーー!!

更に紆余曲折を経て、ジャーニーからはペリーが、スティクスからはデニスという中心人物がいなくなって、
それに変わるそっくりさん的な人を入れて、双方今も精力的に活動しているという・・・。

現在のボーカリスト、アーネルを絶賛しているワタクシですが、今回の武道館公演で初めてスティーヴ・ペリーに思いを馳せましたね。
数々の名曲もペリーがいなかったら生まれなかったわけで。

おそらくファンの方が創ったと思しきジャーニーの「Lights」(そういえばスティクスにも「Lights」という曲があったネ)のビデオ、
私は70~80年代の大きなスタジアムを満杯にしているような昔の映像が大好きです。
ノスタルジーーーー!を感じます。
ジャーニーの古き良き時代をギューっと凝縮したような映像の数々、ご覧あれ。




今年、ロックの殿堂入りを果たしたジャーニー。
その授賞式にはかねてよりジョナサン・ケインなどが発言していたように、ペリーも姿を現したとのこと。

テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽

【2017/04/11 00:34】 | Journey | コメント(0) | page top↑
デニスとトミー
前回の記事で一部言及した93年のトミーのインタビューについて。

これが永遠に続くかと思えたほどの超~ロングインタビュー(もちろん英語)。
一度に全部読みきれなくて、途中まで読んで、翌日続きを・・・と思っても、段落分けとかもなくて、トミーとインタビュアーのQ&A会話が延々と続いているので、スマホの小さな画面はもちろん、PCで見る時でさえ「はて?どこまで読んだっけ?」と自分の読んだところまでを探すのに一苦労w

トミーの英語インタビューを読むにつけ、良くも悪くもなんて率直な人なんだろうと思う。
ていうか、日本語に訳されて掲載される日本の雑誌のインタビューとかじゃなくて、普通に英語で記載されて、それをメンバーが読む機会もあるのに、おいおい、そんなこと言っちゃっていいのかいな?(汗)・・と思うことしばしば。いっぺん、オブラートに包んで薬を飲んでみろwwみたいな。

トミーが言うには、JYは「自分とデニスと同等になりたがっていた」と。
81年頃までのステージを見ると、デニスはともかく、特にJYに対しては兄のように慕っている感じがしたけれど(実生活で仲がいいかどうかは別として)、そんなことを言うところを見ると、つまりはJYは自分と同等ではない、ということですな。
たしかにJYはStyxにおいては第三の男、的な立場ではあったけれど、それでもStyxを代表する(ライブでも盛り上がる)佳作も結構創ってたんですけどねぇ。

逆に言えば、何かにつけ確執のあったデニスは自分と同等だったってことよね。w

そんな同等のデニスさんとトミー、再結成で一度は和解した二人が決別するのは99年。
その前年の98年にトミーがソロアルバム「Seven Deadly Zens」を出した頃、
Styxのお膝元、シカゴのCDショップでプロモ中のトミーの許へ、なんとデニス登場w
デニスが現れるや否や、デニス曲「スイート・マダム・ブルー」を弾き始めるトミー。
トミーのマイクを奪って(というわけではないがw)歌い始めるデニス。

ちなみに何かで読んだか聞いたけど、トミーは「スイート・マダム・ブルー」を演奏するのが好きだそうです。



興に乗って「カム・セイル・アウェイ」まで。
最後のデニスとトミーの握手が泣けるw



テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽

【2017/04/10 00:25】 | Styx | コメント(0) | page top↑
22歳のTommy Shaw
トミーがStyxに加入したのは1975年12月。
本人がStyx加入の件では何かにつけ、「December 1975」と語るあたり、本人的にはよほど嬉しく、印象的なことだったのかもしれない。

最近ネットで見つけたインタビュー記事(1993年5月)によると、トミーは(メジャーレーベルと契約しているような)ミュージシャンのプロとしてはまだまだ知らないことは多かったけれど、ステージにおいては客の沸かせ方、自分の立ち居振る舞い方は心得ていたし、創作面でも曲を書くことができた、と語っていました。ミュージシャンとしての自分にも自信を持っていたとも。
スティクスのメンバーは皆インテリで真面目、自分がそれまでいたバンドとは正反対であり、それだけにメンバーから多くを学ぼうとした(そしていくつか悪い習慣wもピックアップしつつ)とのこと。

そのトミーが加入して間もない頃に始まったアルバム「Equinox」ツアー。
この時のトミーは自分の作品が収められる「Crystal Ball」リリース以前だったこともあり、ボーカルこそコーラス面のみですが、
ギターではJYを差し置いてwかなりがっつりリードを任されてますねぇ。・・・って、もしかして単純にトミーの先代ギタリスト、JCことJohn Curulewski(クルリュスキーと日本では呼ばれていたが、英語圏ではスリュースキーという風に呼ぶみたい)のパートをガンガン弾いてただけかもしれんけどw

今回取り上げる「22 Years」という曲。22歳? 22年? 
奇しくもトミーもこの時22歳。
新人のわりには、たしかに客の沸かせ方は心得ていて、そのギタープレイも非常にアグレッシブで、なおかつ意外にも後年以上にテクニカル。

そしてまだデニスとも一応良好な関係だったのか、トミーを優しく見守るデニス。
しまいにゃ肩組んで踊りだすデニスとトミーww
ちなみにこの曲を始める前にデニスが「トミー!」とトミーを客に紹介してます。
22歳だもんねぇw

1976年4月2日@Winterland(in San Francisco)



上記のインタビューによると、トミーは前メンバーだったJCに一度だけ会ったことがあったそうな。
スティクスに加入が決まった頃(たぶんまだシカゴでトミーの家の用意がなかったんでしょう)、
トミーをスカウトしてStyxのオーディションに呼んでくれた当時のツアマネ、ジョン・ヴォースのアパートにトミーは泊まっていたそうです。
そこへJCが訪ねて来た。

トミー曰く、JC自身はいい人だったけど、スティクス・・・というか特にデニスに対しては敵対的だったらしい。
元々JCは(後のトミーと同様)、音楽性の違いからStyxを去ったようですからねぇ・・・。
トミーがわざわざ「敵対的」という言葉を用いていたのが印象的でした。
デニスは結果的にJCとも、その後任のトミーとも「敵対的」になってしまったんですね・・・。

そのJC、私も最近知ったのですが、1988年に37歳の若さで脳腫瘍で亡くなっていたんです。

そのことを知っているかトミーはインタビューで訊かれて、もちろんトミーは知っていて、悲劇的だし自分も悲しい、と語っていました。

ちなみにオーディションに合格した後、トミーはそのままシカゴに留まっていたのかと思いきや、すぐに空港まで送られたそうです。
トミーから見た当時のスティクスはシカゴのローカルバンドでしかなかった。既にメジャーレーベルのA&Mと契約していたとはいえ、その前はみんなが見下すような(シカゴのローカルレーベルである)ウドゥンニッケルレコードなんかと契約していたから。
しかし空港への道すがら、ヴォースはスティクスに入らないと絶対後悔する!とトミーを説得。
仕方なく(?)トミーは地元モンゴメリーで一緒にプレイしていたバンド(Harvest)のメンバーに空港から電話w
スティクスからすると、既にEquinoxツアーのブッキングも決まっていたこともあり、切羽詰まって、一刻も早くトミーに合流してほしかったらしい。

そしてハーヴェストのメンバーにはスティクス側から1週間分のサラリーをやるから(生活かかってるからねw)、その間、休みを取ってトミーの後任を探せと。
でも結局ハーヴェストはお金をもらって、なおかつ休みを取らずw、すぐにトミーの後任(意外にも女性で後に結構有名な歌手になったBeth Nielsen Chapman/1958~)を見つけたとか。
【2017/04/09 00:58】 | Styx | コメント(0) | page top↑
Summer Nights by Survivor
前々回の記事でアップしてから、動画サイトでSurvivorの映像を観ているうちに、一度きちんとSurvivorを聴いてみたいというか、音源を自分のものにしたいという思いから、ベストアルバムを取り寄せてみました。

長く生き残っていくタイプのバンドではないと言いましたが(なんかポップ過ぎて売れ線狙いっぽいゆえに、シングルはそこそこ売れるけど、アルバムはシングルほど売れず、ライブでも集客率悪そう・・・つか、客を沸かせるタイプにも見えなかったもので・・・)、
このベストアルバム(TOP100入りした18曲すべてを収録)が思いの外、佳曲揃いで、気になる曲だけピックアップして聴くつもりが、全体的に聴き入ってしまったワ。
見くびってて申し訳ありません。

その中で81年にリリースしてノンヒット、その後カップリングを変えて82年に再リリースして、それでも62位止まりだったそうですが(なんてもったいない!)、
「Summer Nights」という曲に激ハマリ中してこのブログで取り上げずにはいられない(笑)。
82年といってもEye of the Tigerで有名になる直前のリリースだったので、Eye~の後にリリースすれば
バンドも有名になってるし、Eye~の余波もあるからもっと売れたのかも。

オリジナルのボーカルはDave Bickler(Eye of the Tigerのボーカルの人ね)。
こちらもとてもいいのですが、



2代目ボーカルのJimi Jamisonが歌うライブVer.も、イントロのキーボードからベースへと流れる印象的なプレイも含めて聴き入ってしまう。
そしてギタリスト、フランキー・サリヴァン(とかつてのメンバー、ジム・ピータリックがサヴァイヴァー作品のほとんどを書いていたらしい)のプレイも素晴らしい!

ライブで客を沸かせるタイプではないと言いつつ、結局ライブで十分沸いてる自分ww←
2012年のライブだからジミが亡くなる2年前だけど・・・こんなに元気だったのに無念でならぬ。



それにしても60歳で亡くなったポール・デイヴィスといい、プリンスも58歳で亡くなったし、
時期はそれぞれ異なれど、50歳以降~60歳前後で亡くなるミュージシャンが結構いて、
若い頃の(あるいは現在進行形の?)不摂生とかが来るんですかね・・・。
合掌。
【2017/04/08 20:20】 | Survivor | コメント(0) | page top↑
| ホーム | 次ページ