Van Halen 「Panama」の原曲?
STYXと並んで、ここ数ヵ月Van Halenもよく聴いたり、映像を観たりしてます。

キッカケは2代目ヴォーカリストだったサミー・ヘイガーの自伝かな。
これがサミーファンならずとも、非常に興味深いもので、
特にVan Halen(兄弟)が好きな方は必読かも。

「天才と狂気は紙一重」・・・をまさに地で行くエディ・ヴァン・ヘイレン。
とにかくあまりに面白くて、もちろん最初は翻訳版を読んだのですが、
こういうセリフは実際の英語ではどんな風に言ってるんだろう?ということに興味を持ち、
わざわざ英語の原書まで取り寄せてしまったよw

英語版も見てみると、翻訳版はとても上手に訳してあるのがわかる。

さて、YOUTUBEでいろいろ映像を漁っていた時に、
新婚時代のエディと元妻ヴァレリー・バーティネリのインタビュー映像(しかもおそらく@自宅)に行き着きました。
BGMの一部に82年リリースの「DIVER DOWN」収録の「PRETTY WOMAN」が使われていること、
二人の当時の容姿から察するに、おそらく82年頃のものではないかと。

3分半程度の映像で、1:10頃からエディがギターを弾いている短いシーンがあるんだけど、
そのつま弾くメロディーのなんと美しいこと!
この曲は音源化されているのだろうか?

そのメロディーを聴きたくて何度か視聴しているうちに気がついた。
曲の一部が84年リリースの「Panama」のイントロ部分となっていることを。



それにしても私はこのカップルが好きでした。
2人のいろんな写真を見たけれど、特にエディはヴァルのことが好きで好きでたまらない感じw
本当にお似合いの二人でした。
81年に結婚した二人は残念ながら2007年に離婚してしまったけれど、それでもかなり長続きしたと言えるのでは?

そういえば84年頃?のインタビューではエディは、
「僕は結婚というのは我慢だと思っているから」
と語っていたことがあったけれど、それだって嫌々我慢しているというより、
至って「幸せな我慢」に聞こえたw

サミー自伝によると、一時的にVan Halenに復帰した2004年頃、エディの状態は公私ともにボロボロ。
その頃には既にヴァルはエディの元を去っていたわけですが、彼のボロボロぶりは恋女房に去られたショックも大きいのでは?
その2004年頃、スタッフ等がエディにお酒を止めさせようとしたところ、
エディはお酒のボトルを粉々に叩き割り、
「こいつ(酒)のために俺は家族を捨てたんだ! お前らのために酒を止めたりなんかするかよ!」
と叫んでいたそうですから。

離婚するよりずっと前からヴァルはエディに飲酒を禁じてました。
サミー曰く、エディがお酒を飲まないのはヴァレリーの前だけ。
一応はエディもヴァルの前では誠実な夫たらんとしていたことが窺えますw
とはいえ、自宅に隣接するスタジオには山ほどのドラッグやお酒。
ヴァルが家にいればスタジオで、ヴァルが出かければ家に帰って酒を飲む、といった生活だったとか。


【2017/03/11 23:38】 | Van Halen | コメント(0) | page top↑
Damn Yankeesに見るやるせなさ
相変わらずTommy Shawフィーバーが続いてます。

いや、正確に言えば、ここ何ヶ月かはようやくVan Halenの良さがわかったり、
1月にBryan Adams、2月はJourneyの来日公演に出かけたりして、
その都度、ブライアンフィーバー、ジャーニーフィーバーにうなされてました。笑
そんな風に適度に浮気wをしつつも、好きで好きでたまらないという気持ちになるのはなぜかトミーだけなんですよね

昨年の12月にはネットでトミーのすごく興味深いインタビュー(英語)を見つけて、
ヘタな自伝より面白いんじゃないの?というくらいドラッグ問題についても非常に赤裸々に語っていて・・・。
英語で読んでもあまりに面白いんで、これは日本語に訳すとどんな感じかな・・・・と独自に下手な翻訳を始めた矢先、
なんとノロ?かもしれない急性胃腸炎でダウン。←去年の12月の話です。

それからその翻訳も途中で頓挫したまま・・・。
いずれここでご紹介できればと思っておるんですが。

さて、STYXの他にもトミーが90年代初めにNight Rangerのジャックブレイズやテッドニュージェントらと結成した
ダムヤンキースもDVD買ったりしてチェックしてました。

しかし、ダムヤンキースはトミーがジャックと共にボーカルも兼任している関係上(?)
ギターについてはメインはテッドに任せて、「サイドギター」に徹しているのがなんとも歯がゆくもあり・・・。

テッドがドヤ顔で弾きまくれば弾きまくるほど、トミーだってそれくらい弾けるわい!と
ひねくれ者の私はモヤモヤww←

そんな中、面白い動画を見つけました。

2012年のSTYXのコンサートにテッドが飛び入り的にゲスト出演。
あの俺様(?)テッドニュージェントが、STYXの他メンバー、特に同じギタリストであるJYに対しては
テッドなりに精一杯気を遣っているような様が微笑ましいw

曲はダムヤンキースのComing of Age。
ジャックはいないし、トミーがメインボーカルを務めるのもレアだけど違和感ほとんどないw
加えて、映像は会場にいたファンが撮影したもののわりには比較的良好かと。




本家 Damn Yankeesの同曲PVも、豊かな黄金の髪をなびかせるトミーがひたすら美しい!!


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【2017/03/01 23:15】 | Styx | コメント(0) | page top↑
トミー全否定の曲
11/5の記事に書いたトミー・ショウ83年の単身来日でのFMラジオ番組のインタビューでまた思い出したことがありました。

たしかインタビューの内容でアルバム「クリスタル・ボール」(1976)についてフォーカスされたんだと思いますが、
その中でなぜか(LPの)B面1曲目に収められていた「Shooz」(邦題:ロックンロールシューズ)について訊かれたトミー。

ハッキリとは覚えていませんが、この曲は若気の至りで作った、もう忘れたい、君ももう忘れていいよ・・・くらいな全否定モードだった(笑)。

私なんかはトミーのあまりの否定ぶりに、逆に「Shooz」に興味が沸き、結果、大好きな曲の一つになりましたね。

たしかに荒削りな曲ではあるけれど・・・。




2006年に米オハイオ州にあるクリーブランド・ユース・オーケストラ(CYO)との共演で、12~13分くらいある圧巻のSTYXメドレーにて、この「Shooz」が組み込まれていた時は、件のインタビューを思い出して「まさかこの曲を演奏するとは・・・」と、感動しきり。
余談ですが、このメドレーに「キルロイ」の「Heavy Metal Poisoning」も入っていたのもサプライズ。
特にトミーにとっては「キルロイ」は黒歴史wで、このアルバムの曲は滅多に・・・いや、演奏することはほとんどなさそうだったからさ・・・。

もっとも、このメドレーは比較的JYの曲が多い。JYの意向で選ばれたのかもしれません。

【2016/11/19 19:23】 | Styx | コメント(0) | page top↑
ALL ROADS LEAD TO TRANQUILITY BASE
一時的に(?)TOMMY SHAWのファンブログと化しているこの場所(笑)。
まだ想い出話は続きます。

今から30年以上前だから時効かw
当時、とあるツテでトミーとプライベートで交流のある(らしい)女性と知り合い、お話を伺うことができました。
彼女はビアンカさん(仮名)。日本人ですがいわゆる帰国子女で英語ペラペラ、都内の有名私大の学生さんだった(らしい)。

ビアンカさんがどのようにトミーと知り合ったのか、その辺のコネクションもイマイチわからなかったのですが(本人もハッキリ明言しなかった)、正直私は、トミーのグルーピー的な人なのかな?と思ってましたね(笑)。

そういえばトミーの生写真とかの販売もしてた。

彼女からトミーのプライベートな話をいろいろ聞いたんだけど、年月が経ち過ぎてほとんど忘れてます。
覚えているのは2つの事柄だけ。

一つは・・・別に変な話ではないですが、とりあえず伏せておきましょう。

もう一つは、トミーが牧場(農場?)を持っていて、その場所の名前が「TRANQUILITY BASE」という。
TRANQUILITY BASEといえば、トミー作の「BOAT ON THE RIVER」(1979)の歌詞に出てくる言葉です。

All roads lead to tranquility base
すべての道は静寂(しじま)の地につながっている

ちなみにこの「BOAT~」が収められているアルバム「CORNERSTONE」の日本盤LPのライナーには各メンバーのプロフィールが載っていて、トミーの所には「馬を4頭飼っている」という記述が。馬主かw

場所はトミーの出身地アラバマ州でも、STYXの本拠地シカゴのあるイリノイ州でもなく、
イリノイ州周辺の州内とだけ申し上げておきましょう。
アラバマではなく、イリノイ寄りの州にトミーがプライベートスペースを持っていることが、当時は結構意外に思えました。
シカゴ出身のメンバーと違って、トミーは外様wだったし、そんなにシカゴとかイリノイ州に思い入れないのかなと勝手なイメージでした。
しかし今思えば、トミーはSTYX加入前のMS FUNK時代も2~3年シカゴに住んでいたわけだし、
一応第二に故郷的な場所なのかも。それに「通勤」もしやすいだろうしw

余談ですが、高校時代、地理の授業で使っていた世界地図の資料があって、それがとても詳細でわかりやすいのでいまだに持っているのですが、特にアメリカは各州の都市名など詳細なんです。
久しぶりにその地図を開いてみたら、シカゴモンゴメリー(アラバマ州)、そしてトミーの農場がある(あった?)らしい都市名にもしっかり赤でアンダーライン引いてあって笑った(笑)。

それはさておき、自分の別荘地(?)に曲の歌詞でもある「Tranquility Base」と名付けたとは、なんて浪漫ちっくなんだろうと思ったので印象に残ってます。

「ボート・オン・ザ・リバー」って曲自体はハッキリ言って暗いんだよ!くらいに思ってましたがw、その話を聞いてからは、この曲のイメージがちょっと良くなったようなw



またまた余談ですが、87年に生まれたトミーの娘さんの名前がHannah(昭和の日本ならハンナと読むだろうw)と名付けたのを知り、またまた浪漫ちっくなトミーにほっこり。

そう、このHannahは、トミー作「Sing For The DAY」(1978)に出てくる女性の名前なんです。
それを自分の娘の名前にするとは、ある意味トミーらしい浪漫ですねw

それにしてもこの「Sing For~」の歌詞に

Ageless and timeless as Dorian Gray
※ドリアン・グレイはオスカー・ワイルドの小説「ドリアン・グレイの肖像」(1890)の主人公

というフレーズが出てくるんですが、この歌詞のまま、トミー自身がほぼAgeless and Timelessで不思議です。
そういえば小説のドリアン・グレイもトミーと同じ金髪碧眼の設定。
トミー・ショウのSHAW像・・・とかないだろうねww←


【2016/11/06 19:33】 | Styx | コメント(0) | page top↑
トミーのスランプ
まだまだTommy Shawフィーバーwは続きます。

Styxとして82年1月に初来日した翌年、83年の春(1~2月頃?)に今度はトミーが単身プロモのために来日。

キルロイ発売前だったと思うけど、何のためのプロモだったんだろう?
この時キルロイの音源は基本的にまだシークレットでほとんど流れなかったと思うけど。
まぁ日本での認知活動って感じだったんでしょうか。←よく覚えてないw

そんな中、トミーがあるラジオ番組に出演。
「全米トップ40」・・・ではなく、私が聞いたのはたしかFM系の番組だったと思います。
その時に、たぶん「トミーさんにはスランプってあるんでしょうか?」というような質問をされたんだと思う。

実はトミーにとって、曲が思うように書けずにに非常に苦しんだのが、
皮肉にもStyxにとってはいちばん売れた「Paradise Theatre」(1981 全米No.1)だったとのこと。

キルロイほどカッチリしたストーリーではないにせよ、パラダイスも一応コンセプトアルバムですからね。
そのコンセプトに見合う曲ができず、かなりコンセプトに苦しめられた話をしていました。
「逆にデニスは絶好調で・・・」ってそりゃそーだろうw

しかしバンドって案外、レコーディング当時に実はメンバー間の人間関係がグチャグチャだったとか、
ロックンロールにありがちなドラッグや酒、女、その他諸々でヘロヘロだったとか
そういう時に創ったアルバムに限って
妙にクオリティが高かったり、セールス的にすごく売れたり、またはその両方だったりする摩訶不思議。
芸術はただ楽しく進むより、苦悩の中でこそ素晴らしい作品が生まれるのかもしれませんね。

さて、なるほど、それで「パラダイス~」でのトミーの作品は、

Too Much Time On My Hands
She Cares

と少なめだったわけですね。

Too Muchはトミーの曲としては初のTOP10入り(最高位9位)するなど、今でもStyxの代表曲の一つに数えられると思いますが、
「Bluecollar Man」や「Renegade」といった曲と比べると、どーーも今一つ精彩を欠くと個人的には思ってました。

She Caresに至っては、パラダイスの日本盤LPのライナーノーツに「平凡なポップソング」とか書かれる始末。
普通、ライナーノーツってそのアーティストをホメてアゲる場にもかかわらず、「平凡なポップソング」て・・・
このライナーのライターさんがどなただったかサッパリ覚えてませんが、あちゃー、ぶっちゃけて書いちゃってるよ・・・と思ったものの、正直、事実だけに否定できなかったw

そういえば、トミーもToo Muchはライブの定番でもShe Caresはほとんど演奏したことないんじゃなかろうか。

先ほどToo Muchは精彩に欠けると書いたけれど、ライブでは一転、
もうそれはそれは素晴らしく、盛り上がる曲になるんですね。
特に81年のツアーでのトミーとJYのシンメ、曲の終盤、2人のフットワークの軽さといったら神業w感動的!
しかしこの曲単品だとあまりに映像が粗い・・・




ちなみに、歌詞で「自分が奢っている間は友達がたくさんいる」というところを、
96年の再結成以降は「JYが奢ってくれてる間は友達がたくさん」と替え歌にしてるところウケる。
それに対してJYが「What a nice guy!」とか「Oh、Shit!」などとその時々で茶々を入れるシーンも楽しい。






テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽

【2016/11/05 23:24】 | Styx | コメント(0) | page top↑
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